概要
本サイトのサイト名および管理者ペンネームに使われている「ハーポルホード(herpolhode)」は、物理学の専門用語です。
しかしながら、身近な場面で応用されるわけでもなく、恩恵が限定的であるためか、物理学界隈でもその存在はあまり知られていないように思われます。
そこでサイト開設を記念し、影の薄い「ハーポルホード」の語源を徹底的に追究してみたところ、興味深い事実が判明しました。
最後におまけとして、なぜハーポルホードをサイト名に付けたかの理由にも軽く触れます。
本記事は、数式を使わない読み物です。
理論面の補足とグラフを作成するプログラムの実装方法については、別記事にまとめましたのでご参照ください:
ハーポルホードは曲線の名前
「ハーポルホード」という用語は、古典力学の剛体の力学の分野で登場する、特定の曲線に付けられた名前です。
以下では、具体的にどんな曲線のことなのかを、順を追って解説します。
剛体の力学では、有限の大きさと質量を持つ変形しない物体が、外から力を受けたときにどのように動くかを記述します。
慣性モーメントやEulerの運動方程式が出てきて、独楽を回したりテニスラケットを空中に放り投げたりしてから少し経ったところで、Poinsotの作図法の話に入るのが定番の流れです。その理論の中でハーポルホードが定義されます。
Poinsotの作図法とは、物理学者Poinsotが考案した、剛体の運動法則を表現する手法のことです。
この作図法を用いることにより、物体の回転の仕方について、あらゆる物体に共通する幾何学的な制約条件を導くことができます。
前提を省いて結果のみを端的に書くと、
任意の物体の回転は楕円体の回転に置き換えて表現することができ、
その楕円体は3次元空間内で不動の平面の上を滑らずに転がる
ことが言えます。

(L. Poinsot, Théorie nouvelle de la rotation des corps (1851) より引用)
このとき、楕円体と平面の接点の軌跡が平面上に描く曲線をハーポルホード(herpolhode)と呼びます。それとあわせて、楕円体と平面の接点の軌跡が楕円体表面に描く曲線をポルホード(polhode)と呼びます。
ポルホードは必ず閉じた曲線であるのに対して、ハーポルホードは一般には閉じない複雑な曲線となります。
少しはイメージがついたでしょうか……?
古典ギリシャ語
気になる語源はというと、ポルホードは「極の道」、ハーポルホードは「蛇行した極の道」を意味する、という説明が見つかります。
詳しい由来を明らかにするため、Poinsot自身がハーポルホードを含む「幾何力学」について記した原著を確認してみることにしましょう。
Louis Poinsot (1777-1859) はフランスの物理学者です。
彼の1834年の著作「Théorie nouvelle de la rotation des corps(物体の回転に関する新理論)」の中で、Poinsotの作図法として知られている手法を発表したとされています。
古い本ですが、以下のリンクで内容を閲覧することができました(ただし日付が1851年のため、同名の論文だが版が異なる可能性があることをお断りします):
中身を確認してみると、ポルホード・ハーポルホードに相当する曲線の構成法や証明が書かれた後、続く101~102ページに “Des noms qu’on pourrait donner aux deux courbes s et σ décrites par le pôle instantané de rotation.”(回転の瞬間的な極によって描かれる二つの曲線 $s$ および $\sigma$ に与えうる名称について)というセクションがあります。
これは期待が持てそうです。原文はフランス語ですので、翻訳しながら詳細を読んでみます。
On voit donc que les courbes s et σ, que le pôle instantané décrit,
l’une sur l’ellipsoïde central du corps, ou dans l’espace relatif,
l’autre sur le plan fixe du couple, ou dans l’espace absolu,
sont des courbes remarquables que la nature nous offre à chaque instant dans le mouvement des projectiles;(高橋翻訳)
したがって、瞬間的な極が描く曲線 $s$ および $\sigma$、
すなわち、一方は物体中心の楕円体上つまり相対空間において描かれ、
対を成す他方は固定平面上つまり絶対空間において描かれ、
これらの曲線は投射体の運動のあらゆる瞬間で自然が我々に示している、きわめて注目すべき曲線であることが分かる。
この文章だけでも推測される通り、曲線 $s$ はポルホード、曲線 $\sigma$ はハーポルホードのことを指しています。
par cette raison naturelle, il nous semble que chacune d’elles mériterait d’avoir un nom,
aussi bien que la courbe décrite par le centre de gravité du corps,
et qui est, comme on le sait, une parabole.(高橋翻訳)
この自然な理由によって、これらの曲線はいずれも、
物体の重心が描く曲線――それには周知のとおり放物線という名前がある――と同様に
固有の名称を与えられるに値するものと思われる。
放物線と同じくらい重要な曲線だから名前を付けよう、というのは面白い視点です。
Je proposerais donc de donner à l’une et à l’autre le nom de polhodie [*],
en appelant la première $s$ la polhodie relative, et la seconde $\sigma$ la polhodie absolue.(高橋翻訳)
そこで私は、この二つの曲線のいずれにも polhodie [*] という名称を与えることを提案する。
その際、前者 $s$ を polhodie relative、後者 $\sigma$ を polhodie absolue と呼ぶことにする。
なんと、ポルホードではなく polhodie relative 、ハーポルホードではなく polhodie absolue という名前が提案されています。polhode に掛かる形容詞はそれぞれ、相対空間と絶対空間のことを表しているのでしょう。
どちらも極の道だからというので真っ当な名前ですが、いたって地味で面白味に欠けるネーミングです。
Ou, si l’on voulait distinguer ces deux courbes par leur forme particulière,
on donnerait à l’orbite elliptique et fermé $s$ le simple nom de polhodie;
et, à la courbe plane et ondulée $\sigma$, celui de herpolhodie [**],
afin de rappeler, avec l’idée du pôle qui la décrit, cette propriété qu’elle a de serpenter en circulant autour d’un centre fixe.(高橋翻訳)
あるいは、もしこれら二つの曲線をその特有の形状によって区別したいのであれば、
楕円形で閉じた軌道 $s$ のほうには単に polhodie という名称を与え、
平面上で波打つ曲線 $\sigma$ のほうには herpolhodie [**] という名称を与えることができる。
これは、その曲線を描く極の概念とともに、固定された中心の周囲を回りながら蛇行するという性質を想起させるためである。
別の案として、polhodie、herpolhodie が出てきました。こちらの名前のほうが定着したのですね。
語尾が die になっていますが、フランス語版Wikipediaを見ると、現代でも polhodie、herpolhodie が使われているようです。
さらに脚注 [*], [**] では、Poinsot自身が命名の由来を記述しています。
[*] Route du pôle, de πόλος et ὁδός.
[**] Route serpentine du pôle, de ἕρπω.
Suivant les règles précises de l’étymologie, il faudrait dire polherpohodie;
mais pour plus de simplicité, et surtout plus d’euphonie,
il vaut bien mieux s’en tenir à la première dénomination.(高橋翻訳)
[*] 「極の道」の意味。 πόλος および ὁδός に由来する。[**] 「蛇行した極の道」の意味。 ἕρπω に由来する。
語源学の厳密な規則に従えば、polherpohodie と言うべきであろうが、
より簡潔であること、そして何よりも言葉の響きの美しさから、
最初の名称にとどめるほうがはるかに良い。
フランス語の中にギリシャ文字が並んでいます。調べてみると、この綴りとアクセント記号の付き方は、現代のギリシャ語ではなく紀元前に用いられていた古典ギリシャ語のようです。
英語版Wiktionaryによると、次のような意味を持つ単語です。
- πόλος (polos) …… 極、軸
- ὁδός (hodos) …… 道、道路
- ἕρπω (herpo) …… 這う、ゆっくり歩く
1つ目は言うまでもなく、英語の pole と対応します。球座標で極角を polar angle と言うのと同じです。
3つ目は馴染みが薄いですが、ギリシャ語の ερπετά(爬虫類)、英語の serpent(蛇)、Herpes(病気の”ヘルペス”)の語源になっているのだそうです。
また、上記の箇所からはPoinsotによるアレンジが含まれていることも読み取れます。
たしかに polherpohodie では言いにくいので、herpo の “po” と polos の “po” を重ねて herpolhode にしたということですね。
以上から、ポルホードは「極の道」、ハーポルホードは「蛇行した極の道」を意味するPoinsotの造語であり、古典ギリシャ語を組み合わせて作られた言葉だとはっきりしました。
回転の極
では、たびたび出てくる「極」とは、何を指すのでしょうか?
物理学では、3次元空間内の物体の回転を表すのに角速度ベクトルを用います。
回転速度に比例する長さを持ち、回転軸に沿った向きの矢印を指定することで、ある時刻における回転の状態が一意に定まります。回転の大きさや向きが刻一刻と変化する場合は、角速度ベクトルも時間の関数として変化します。
そして、物体表面と角速度ベクトルの交点を回転の極と呼びます。
身近な例が「北極」です。地球の自転を表す角速度ベクトルが地球の中心から伸びていると想像すれば、角速度ベクトルと地球の表面との交点が北極点です。(厳密には少しずれている、という話を後でします)
※「南極」も回転軸上という意味では同様ですが、角速度ベクトルは右ねじの進む向き(回転が反時計回りに見える向き)に伸ばす規則なので、本記事では回転の極から除外します。

ポルホード・ハーポルホードは、楕円体と平面の接点の軌跡であると述べました。
Poinsotの作図法のすごい所で、じつはこの接点は、楕円体の回転の極、すなわち、楕円体表面と(楕円体の瞬間的な回転を表す)角速度ベクトルの交点に等しいことを証明できます。
古典ギリシャ語の言葉通り、ポルホード・ハーポルホードは回転の極の軌道なのです。
少し話題を変えて、なぜPoinsotがポルホードとハーポルホードをこれほどまで重要視していたかを、時代背景から推測してみましょう。
Poinsotが幾何力学を提唱した頃のヨーロッパでは、天文現象の研究が盛んに行われていました。
偉大なる数学者・物理学者Leonhard Eulerは、現代ではEulerの運動方程式と呼ばれている微分方程式により、剛体の回転運動を定式化することに成功しました。さらにそれを用いて、1765年、地球の自転軸に関する研究を発表しました。
地球を完全な球ではなく扁平な楕円体として扱います。このとき楕円体の形状の対称軸は、自転の回転軸とは必ずしも一致せず時間変化します。計算の結果、回転の極は305日周期で移動する、と予想されました。(太陽や月による潮汐力の影響は除きます)
Eulerの理論は微分方程式で表される代数的なものでしたが、ここに幾何学的な解釈を与えたのが、上述の通りPoinsotの作図法(1834年)です。
見方が異なるだけで計算内容は同一なので、Eulerと同じ結論に至ります。
ところがBessel関数でおなじみのFriedrich Wilhelm Bessel、Maxwell方程式でおなじみのJames Clerk Maxwellをはじめ、多くの学者が研究を試みるも、305日の周期は観測されません。
1891年、遂にアマチュア天文学者のSeth Carlo Chandlerが、回転の極は対称軸から数メートル離れた周囲を427日周期で移動することを明らかにしました。この現象はChandler周期と呼ばれています。
その数か月後、Simon Newcombにより、地球が全く変形しない剛体であるというEulerの仮定を外して、わずかに変形する弾性体と考えることにより、Chandler周期が理論的に説明されました。
その後もより詳細な観測が行われ、現代に至るまで極の運動の研究が続けられています。
以上の歴史の流れを踏まえると、Poinsotほか当時の学者は地球の自転の極への応用に関心があり、ポルホードとして具体的に、地球の北極付近に描かれる回転の極の軌跡をイメージしていたのかもしれません。わざわざ名前を付けたくなるのも、分かるような気がします。
まとめ
ハーポルホード(herpolhode)とは「Poinsotの作図法」で登場する物理学の専門用語であり、楕円体の回転の極が接平面上に描く軌跡を指します。
古典ギリシャ語で「蛇行した(herpo)極の(polos)道(hodos)」を意味する、物理学者Poinsotの造語です。
本サイト「ハーポルホード高橋」もまた、地球規模のスケールになれると良いですね。。。
(おまけ) 「ハーポルホード高橋」の名前の由来

特に深い意味はありません。
響きが良かったから、ぐらいの理由です。

ネットでの活動名を考えるにあたって、現実世界との繋がりを完全に切りたくはなかったので、苗字の高橋は入れようかと。まあ日本人で3番目に多い苗字ですし。

物理学の「ハーポルホード」のことは、事前に知っていました。
大学で読んだ教科書に書いてあり、覚えていました。

カタカナ+苗字ってなんか格好いいじゃないですか。
トータス松本、ジョプリン得能、みたいに。

他にもケーシー高峰、ジミー大西……いや、思い出さなかったことにしよう。

あとは、検索したときにヒットしやすいように、被りにくい名前にしたいという狙いはありましたね。
以上です。
参考文献
- 植松恒夫『力学』学術図書出版社, 2002.
- L. Poinsot, “Théorie nouvelle de la rotation des corps”, Journal de Mathématiques Pures et Appliquées, Serie 1, Volume 16, pp.9-129, 1851, Théorie nouvelle de la rotation des corps or SKM_C75920081315420.
- ヘルペス虹彩毛様体炎 (臨床眼科 62巻9号) | 医書.jp
- Gravity Probe B – MISSION STATUS
- 1891: Chandler finds a wobble | Skulls in the Stars
- L. Euler, “Du mouvement de rotation des corps solides autour d’un axe variable”, Mémoires de l’Académie Royale des Sciences et Belles Lettres, 14, pp.154–193, 1765, Histoire de L’Académie Royale des Sciences et des Belles Lettres de Berlin avec les Mémoires pour la même année, tirez des registres de cette Académie.
- S. C. Chandler, “On the variation of latitude, I”, Astronomical Journal, 248, pp.59–61, 1891, 1891AJ…..11…59C Page 59.
- S. C. Chandler, “On the variation of latitude, II”, Astronomical Journal, 249, pp.65-70, 1891, 1891AJ…..11…65C Page 65.
- S. Newcomb,”On the periodic variation of latitude, and the observations with the Washington primevertical transit”, Astronomical Journal, 11, pp.81-82, 1891, 1891AJ…..11…81N Page 81.

